【闘病記】巨大食道症とてんかん、2つの病と闘う猫「空ちゃん」と飼い主さんの奮闘記

黒猫の空ちゃん

皆さんは、猫の「巨大食道症」と「てんかん」という2つの病をご存じでしょうか。

巨大食道症とは食道が拡張してしまう病気です。食道の運動能力が低下し、食べ物が胃に到達する前に拡張した食道に溜まり、食べたものを吐出(としゅつ)してしまう症状が出ます。

一方、てんかんとは脳内の神経回路が異常を起こすことで突然の発作を引き起こす病気です。手足の硬直や失禁、けいれんなど様々な症状を伴います。

今回は、この2つの病を持つ猫と飼い主さんの闘病記をご紹介します。

保護したきっかけ

この2つの病と闘っているのは、推定10歳の黒猫、空ちゃんです。

10年ほど前の夏の暑い日、飼い主のさおりさんの車の下でうずくまっているところを発見されました。

仕事中だったさおりさんは、車の下に箱を用意してその中に空ちゃんを入れ、様子を見ることにしたそうです。

「その後、運悪く動物嫌いの人に見つかってしまい、箱の中から持ち上げられた空はそのまま近くの公園に投げ捨てられました。仕事終わりに公園に行くと、子供たちが滑り台の上から空を落としていたので『何してるの!』と叱って、そのままうちに連れて帰りました」

実はその1カ月ほど前、さおりさんは別の黒猫を保護していました。ですが、その猫は保護して2日ほどで苦しみながら亡くなってしまったのです。

空ちゃんと出会ったのがその直後だったこともあり、空ちゃんは生まれ変わりかもしれないと保護したそうです。

「出会いは必然だと思っています。偶然も後々考えると必然ですよね」

巨大食道症

最初に出た症状

最初に出たのは巨大食道症の症状でした。ご飯をよく吐いていて、その吐き方が通常の猫の吐き方とは違うと感じたそうです。

「通常猫が吐くときは、ご飯を食べて数分から数時間の間に吐き戻しをすることが多いです。空は食べた直後や食べている最中に吐いていました」

さおりさんは色々と調べて巨大食道症にたどり着きました。

もちろん病院にも連れていきました。バリウムを飲ませ全身麻酔をしての検査をしたそうです。

巨大食道症は手術しか治療法がなかったのですが、とても高額な上、さおりさんの地元では手術してくれる病院もありませんでした。

「高いお金をだして、よくなるかわからない手術をする必要はない」と判断し、ご自身でケアすることを決めたそうです。

対処法

食事を吐くことが続くと、もちろん食事の栄養を十分に摂れなくなります。そのまま餓死してしまう可能性もあるのです。

空ちゃんの場合、吐くと炎症ができ食べられなくなるので、食事を十分に摂らせることに注力しているそうです。

知り合いの作家さんに作ってもらったご飯台に立たせてから、さおりさんがお皿を持ち上げて食べさせることで食事が胃まで到達するようにしました。

食べ終わったあとは、30分間縦に抱きあげて、げっぷが出るようにもしているそうです。

「人間の赤ちゃんと同じですね(笑)」

今は足の力がなくなり台の上に立つこともできなくなったそうですが、空ちゃんが食べやすいように縦に抱っこするなど嫌がらない工夫をして食事を与えています。

「空が教えてくれるんです。『こうしたら食べやすいよ!』って。私はその通りに手を貸すだけです」

食事内容

タッパーにシニアフードと水を入れて、レンジで1分チンします。

そうしてふやかしたご飯を小さなへらで押しつぶし、離乳食のようにして与えています。

「目が見えないのに食べたい気持ちが先走るのでうまく食べられないんです。ですから私が手で与えています。でも食欲旺盛なので安心しています」

詳しくは後述しますが、空ちゃんは目が見えません。

てんかん

最初に発見した時

巨大食道症とわかってから数日後、さおりさんは初めて空ちゃんのてんかん発作を目撃しました。

「窒息しているのかと思いました。対処法もわかりませんでした。本当はいけないそうなのですが、その時は知らずに私の体で受け止めようとしていました」

発作は1週間に1回ほど起こりました。

発作の後はケロッとしていたこともあり、さおりさんは調べて、てんかんだろうと推測しました。

てんかんに有効な薬はあるものの、飲み始めると一生飲み続けなければいけないこと、またさおりさんの「なるべく薬は打ちたくない」という思いから、獣医師とも相談してある程度は家で見ていくことにしたそうです。

「その当時はてんかんより巨大食道症のほうが死に直結する状態だったため、とにかく食事を摂らせて体力をつけさせて、てんかんに耐えうる体にしていこうと思いました」

体力がついて体が大きくなるにつれ、発作は1年に数回程度まで減ったそうです。

発作の群発

一旦は発作が収まりつつあった空ちゃんですが、6歳になったころに群発するようになりました。重篤発作になることもありました。

「最初の発作がきっかけで次の発作が起こり、また次の発作と群発されていきます。1回目をなんとかして抑えることが肝になります」

そこで、その頃から薬でコントロールすることに決めました。

てんかんは気圧の変化が影響するともいわれ、台風の日や梅雨時、晴れ間が続いたあとの急な雨の時などがその例です。重篤発作が起きたのは、地元で珍しく大雪が降った日でした。

その時は、発作時に飲ませる薬を何度飲ませても収まらなかったそうです。

「死ぬかと思いました」

発作は数日続き、24時間体制のつきっきりでお世話をしました。

衣装ケースにクッションを敷きつめて怪我をしないようにと蓋をしていても、発作がひどくて頭をぶつけてしまっていました。

夜中に獣医師に連絡して朝一で病院に連れていき、点滴と注射をしてもらってなんとか落ち着いたそうです。

その後、薬を飲み始めてから1年後には目標にしていた「1か月に1回の発作」だけになったそうです。

対処法

発作を起こすと手足が勝手に動いていろいろなところに体をぶつけますが、本猫は痛みを感じていません。そのため頭を打ったり骨折や内臓破裂を起こしたりする可能性がありとても怖い病気です。

空ちゃんの場合は爪も剥げてしまい、舌を噛んで口内炎になることもしょっちゅうで、血だらけになることもありました。

この発作の怪我をなんとか減らそうと考える中で、ぴったりのソフトケージを見つけたそうです。


「このケージにしてからは、発作の時に怪我をすることもほぼなくなりました。発作の時はおしっこ、うんち、よだれも垂れ流しますが、シーツを敷いておくことで簡単に片づけられるので私も楽になりました」

薬は毎日4種類服用します。

「2、3時間薬を与えるのが遅くなるだけでも発作が起きてしまうので、何よりもご飯と薬が最優先です!」

朝5時半にご飯と薬を与えて、12時間後に再度服用します。

発作は夜中に起きることが多いそうですが、さおりさんなりの考えがあり朝の薬を多くしているそうです。

「夜は私が家にいるので、病院に電話するなり発作時の薬を飲ませるなり対処ができます。ですが私が家を空ける昼間はそうはいかないので、先生にも相談して朝の薬を多くして昼間はなるべく発作が起きないようにしています」

さおりさんは、先生とのコミュニケーションをとても大切にされています。

「先生によっては、この配分を受け入れない方もいらっしゃると思います。ですが、飼い主が勉強してしっかりと説明することで、先生も真剣に考えてくださり理解していただけることもあります。飼い主も勉強しないと先生とお話ができないですよね。ただ薬をもらうだけでは理解しているとはいえません。空のおかげで私も動物医療について知りたくなったんです」

検査は1年に1回だけという空ちゃんですが、それも獣医師と話し合う中で決めました。病院に行くことはそれだけで猫にとってストレスになることもあるからです。

獣医師は、「その猫のことを一番わかっているのは飼い主」という基本的な部分を大切にされている方だそうです。

ちなみに血液検査の結果はパーフェクトだそうですよ。

その他の症状

空ちゃんは目が見えませんが、それもてんかんが関係しているといいます。

ある日、さおりさんがベランダで洗濯物を干している時に現れた空ちゃんは、ベランダの柵のほんの隙間から下にある倉庫に落ちてしまいました。そしてむくっと起き上がって倉庫の上を歩き続け、そのままアスファルトの下に再度落ちたのです。

別の日には、お湯を張ったお風呂の中に落ちてしまい、危うく溺れそうになることもあったそうです。

何かがおかしいと感じたさおりさんは、空ちゃんを椅子の上にのせてみました。すると、空ちゃんは躊躇なく歩き、やはり椅子から落ちてしまったそうです。

これは目が見えていないのかもしれないと獣医師に話してみると、「見えていない」という答えでした。

どれほど見えていないのかはわかりませんが、光は感じているようです。

「ゆっくり歩く子だなとは思っていました。階段を昇り降りした時は本当に嬉しかったんです。でも、通常の猫が昇り降りする時期より遅く、生後1ヶ月半くらいになってするようになっていたので、今となっては目が見えないからだったんだなと思います」

また徘徊もするという空ちゃんですが、「とにかく良い子」なのだとさおりさんは誇らしげです。

「徘徊する時は滑ってぶつかることもあり、疲れてコテンとなるまでひたすらくるくる回っています。目は見えないし耳もほとんど聞こえていませんが、物を避けることもできますし、何より人のぬくもりがわかるみたいで寄ってくるんですよ」

ただ、体のカビやおしっこの量には悩まされることもあるようです。

2つの病気を持っていることで免疫力が低下している空ちゃんは、体にカビができるとなかなか治りません。梅雨時期はカビがひどくなり、薬を飲んでも追いつかないほど。そのため耳の中のカビを掃除したり、2週間に1回は薬用シャンプーを使ったりしているそうです。

また、てんかんの薬を飲み始めたころはおしっこの頻度が3日に1回ほどだったといいます。発作が収まるごとに頻度も落ち着いてきて、2日に1回になり、今では1日に1回になったそうです。

「1日2回することもあるのですが、その時は人間のほうがパニックになります。『どうして2回もしてるの!』って(笑)」

空ちゃんはおしっこを決まった時間に決まった量をするといい、そういったところでも良い子ぶりを発揮しています。

2つの疾患を持つ猫

疾患を持つ猫だとわかり、良い意味でさおりさんは腹をくくったそうです。

「仕方ないよねと思いました。驚くこともなかったです。病がわかった時はまだ保護して間もない頃だったので情もまだそれほどなく、だめならだめだと思いました」

ただ、空ちゃんからは生きる力を感じたそうです。

「その猫に生きる力さえあれば、人間はそこにほんの少し手を貸すだけでいいんです。捨てることなんてできないのだから、それなら腹をくくろうと思いました」

さおりさんは取材の中で幾度となく「空は猫じゃないんです」と口にしていました。

「言葉にするのは難しいのですが、空は猫じゃなくてもう『空』っていう生き物なんです。2つの疾患には連動性は全くないですし、薬の副作用で発症したわけでもありません。定期的な検査が必要なのに1年に1回の検査結果がパーフェクトなんて、もう猫じゃありません(笑)」

今もし空ちゃんが亡くなっても、さおりさんは「後悔はない」と言います。

「もちろん亡くなったら辛いのは確かです。でも、悔いはないです。やれることは全てしています。むしろこれ以上やれることはないんじゃないかと思えるくらいです」

空ちゃんの生きる力、そしてさおりさんの献身的なケアで2つの疾患と上手く付き合っているようです。

現在の空ちゃん

巨大食道症についてはかなり落ち着いてきています。体が慣れてきたのか飲み込む力が強くなってきたそうで、めったに吐かなくなったそうです。

以前より体が痩せてきたという空ちゃんについて、さおりさんはこう語ります。

「薬を飲むので、日中は寝てばかりです。手がかからない反面、毛づくろいをしたり他の猫と遊んだり、猫らしいことがなかなかできていないことが唯一かわいそうだなと感じています」

ただ、そんな中でも空ちゃんの生きる力は十分です。

「発作が起きても呼吸は止まらずに動き続けていますし、発作の後はご飯を『うまいにゃ』と言いながらもりもり食べます。そういった姿を見ていると、次の発作も乗り越えようとしているんだとわかるんです」

猫特有の喉のゴロゴロもなかなか聞けないそうですが、触られて嬉しいという感情ははっきりと伝わるそうです。

「薬のおかげでもありますが、薬が全てと考えるのではなく、私が空と向き合って、できることは工夫していくことも大切だと思っています」

同じ病気と闘う猫と飼い主さんへ

空ちゃんを保護した10年前は、巨大食道症やてんかんについての情報はそれほど多くありませんでした。

しかし、今は情報もあり、病院も増え、救急までできました。てんかんに効く薬も多くあります。

今のこの時代は恵まれた時代だとさおりさんは言います。

「もし猫が病気になっても諦めないでほしいです。病院に連れて行って、先生ともしっかり話し合ってください。SNSで同じ病気を持つ猫のママさんともコミュニケーションをとって情報を集めてください」

何もせずに諦めてしまうことは、今の時代ではナンセンスです。

「中には、たかが猫にどうしてそこまでという方もいるでしょう。ご家族に、猫にそこまでお金を使うのかと咎められる方もいるかもしれません。でも、その子を助けるのも見殺しにするのも今その子のそばにいるあなたです。わからないことが不安になり壁になってしまいますよね。ですが、今の時代であれば孤独にならずにいろんな情報を得られますから諦めないでくださいね」

さおりさんは、同じてんかんの猫を持つ飼い主さんにこう伝えています。

「その子は死にません。生きますよ。きちんとケアすれば死ぬ病気ではありません。難しいケアになるかもしれないけれど、見殺しにしていい病気ではないですよ」

さおりさんもまた、空ちゃんの病が発覚した時は孤独を感じていました。

ですが、今は違います。空ちゃんの「生きる力」に動かされたのでしょう。

「道はたくさんあります。どうかいろんな方に頼って、相談してください。そして私がそうだったように、1匹でも病気の子と過ごすことで次の病気の子の幸せにつながるということを心に留めていてほしいです」

まとめ

巨大食道症もてんかんも、猫にとって珍しい病気です。

こうした病気の子はペットショップで店頭に並ぶことはないですし、野良猫なら人知れず亡くなっているでしょう。これらの病気を抱えた猫と巡り合うことは稀かもしれません。

逆に言えば、幼い野良猫を保護した場合はこれらの病を持つ猫のケアをする可能性があるということです。

「だから野良猫は」と思わずに、病を持つ保護猫と向き合うことも必要なのだと思います。

病を持っていようが持っていまいが、その子は今を生きています。

空ちゃんは1年も生きないと言われていましたが、10歳になりました。

生きる力を信じて手助けをすれば、その子は飼い主に知識と経験、人とのつながりを与えるだけでなく、大きな愛を持って接してくれるでしょう。

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