【闘病記】致死率99%のFIPになった子猫の記録|救えなかった命から学ぶこと

FIPは正式名称を「猫伝染性腹膜炎」といい、1歳前後の幼い猫がかかりやすいとされる感染症です。

猫の約半数ほどが持っている「猫コロナウイルス」が突然変異することで引き起こされます。

有効な治療薬もなく、致死率は99%ともいわれ、多くの猫たちが幼くして命を落としている病気です。

今回は、このFIPを発症した猫の闘病と、日本ではまだ未承認のFIP治療薬に翻弄された飼い主さんの奮闘をご紹介します。

FIPと闘った猫、浅葱くんが家族になった日|2019年10月6日


■子猫の頃の浅葱くん(右上)

今回ご紹介するFIPと闘った猫は、シャムミックスの雄猫、浅葱くんです。

飼い主のさおりさんが浅葱くんと出会ったきっかけは、保護活動をされている方のブログでした。保健所から引き出した妊娠中の黒猫が、数匹の猫を生んだことが記されていたそうです。

「みんな黒猫なのに、1匹だけ白い子がいたんです。シャムだってすぐにわかりました。可愛いなと思って気になりだしたんです」

保護主さんは生まれた猫たちの里親探しを始めましたが、シャム猫の里親はなかなか見つからないようでした。

さおりさんは毎日、何度も里親募集のページを見ては「どうしてなの?」と思っていたそうです。

「『この可愛さがわからないの?』って怒りさえ感じていましたよ(笑)保健所から猫を引き出した場合、その子の里親さんが決まらないと次の猫を引き出せない事情もわかっているので、余計にやきもきしました」

さおりさんのお宅では多頭飼いをしていたので「ダメで元々」と、さおりさんは保護主さんに連絡を入れてみました。

「やはり多頭飼いのところはダメだと言われました。ですが、『真剣にこの猫を心配しています。私なら責任をもって育てられます。飼えます!』と言って、電話で1時間くらい話し合いました」

保護主さんからは、「もしも」の話をたくさんされたそうです。

「もし災害が起きたらどうしますか?猫全員を連れて行けるのですか?」「もし病気になったらどうしますか?」

「『この子をうちの最後の猫にします』と話しました。『最後の猫として看取った後は保護活動に専念します』とお約束したんです」

そうして2019年10月6日、浅葱くんはさおりさんの様々な強い想いを受け、晴れて家族となりました。

「月齢の近い『茜ちゃん』という猫がいるのですが、あーちゃん(浅葱くん)が大好きで、いつも付いて回っていました。そうしたら他の猫も集まってきて、ソファの端でみんなで寝ていました。そんなことが起きたのは、あーちゃんがいた時だけでした。今でも不思議です」

さおりさんは、子供の頃にシャム猫と暮らしていたことがあります。「私の分身のよう」と思えるほど大切にしていた猫でしたが、15歳の時に乳がんを患ってしまいます。当時は動物病院もあまりなく、治す手立てがありませんでした。

「本も読みましたが、治し方なんて書いていないんですよね。そのうち乳がんの部分が破裂して、膿が出始めました。子供ながらになんとかしなきゃと人間用の消毒をつけて、脱脂綿で被い絆創膏を貼りました」

その後は3年間も生き続けてくれ、18歳で亡くなったそうです。

それほど大切にしていた猫がシャムだったことも、浅葱くんが気になった理由の一つなのでしょう。

浅葱くん、FIP発症|2020年5月22日

浅葱くんが生後11か月になった2020年5月、異変が起きます。

「あまり動かなくなったんです。ご飯は食べるのですが、普段は行かない部屋の布団で寝ていました。猫だからたまには違う場所で寝たいのかなとも思ったのですが、何かおかしいと思い病院に連れて行きました」

5月22日に血液検査をしたところ、白血球の値が異常だったこと、熱が40度もあったことから、獣医師は「伝染性腹膜炎かもしれない」と言いました。

「先生に『それってFIPのことですか?』と聞いたら、『ご存じですか?確実にそうとは言えないけれど、何かが起こっていることは間違いないです』と言われました」

単なる風邪の可能性もあるため、その日は抗生物質を注射して帰宅しました。

次の日に再度受診すると浅葱くんの体重が増えていることがわかり、さおりさんは安堵したそうです。しっかりご飯を食べていたこともあって、FIPではないかもしれないと思ったからです。

「『体重が増えてますね、先生!』と、FIPではないかもという期待も込めて問いかけたんです」

しかし獣医師はお腹を触るとレントゲンを撮ることを決め、浅葱ちゃんを連れていきました。

「胸水が溜まっていました。抜いてみると、FIP の特徴でもある黄色でした。先生から『これはFIPの可能性が高いでしょう』と言われました」

獣医師にFIP未承認薬について相談|2020年5月23日

病院に行ったその日のうちに、さおりさんは浅葱くんの保護主さんに相談しました。

そこで聞いたのが、ある保護団体さんがFIPの未承認薬を提供しているという話です。

さおりさんがその団体さんにメールをすると、すぐに薬を送ってくれると返事がありました。

「あまりにもスピーディーに話が進んで驚きました。だからでしょうか、迷ったんです」

未承認薬は84日間きっちり時間を決めて投薬を続けるもので、猫の体重によって量が決まります。

84日間投薬するためには、100万円以上が必要になる場合もあります。

「その薬の存在は知っていましたが、そんな得体の知れないものをわが子にと思うと躊躇しました」

さおりさんは獣医師に相談することにしました。

「『なんですかそれは。そもそもFIPに効く薬があるのですか』と言われました」

日本では認可されていないという点、そして1日に1万円もかかる薬という点、またご自身が使ったことのない中国の薬だという点が、獣医師に不信感を持たせたようです。

「治るまでに100万円もする薬を、FIP と確定していない猫に使用するのはリスクが高すぎるということでした。とはいえ、先生も個人輸入ができないか知り合いに聞いてみてくださるということで、その日は診断を確定するために胸水を抜きました」

検査が確定するまでには1週間かかります。FIPだとしたら一刻の猶予もありません。

「先生に『あと何日生きますか』と聞いたら、『半月くらいかもしれない』と言われました。『結果が出るまで生きていられますか?』と聞いた私に、先生は言葉を濁しつつも『大丈夫かもしれない』と言っていました」

浅葱くんと私たちの闘病

食欲低下との闘い

だんだんと浅葱くんは元気をなくしていきます。熱も下がらず、ご飯もあまり食べられなくなりました。『ちゅ~る』ですら、匂うだけでえずくようになりました。

食べたくても食べられない葛藤を、浅葱くん自体も感じていたようです。

「みんなが食べている横でじっと見ているんです。みんなが食べ終わるのを待って、自分も匂うけれど食べられないんですよね」

獣医師より『モンプチ』などの香りの強いスープなら飲むかもしれないと助言を受け、与えてみるとしっかり飲んでくれました。

「『ちゃんと飲んだ!FIPじゃない!』って思いました。でも次にそれをあげると、もうえずいて飲めないんです」

病院に行って抗生物質を打ちますが、浅葱くんは病院に行くこと自体も嫌がっていたそうです。

ケージに入れられて、注射も打たれて、それでも熱も下がらない浅葱くんを見て、さおりさんは「何をしてるんだろう」と思いました。

「ご飯だけでも食べさせたいから、なんとか口に入れようとするんですけど、やっぱり吐いてしまうんです。そんなことするから、あーちゃんも私のことを嫌がるようになってしまって。『そうだよね』って私も思っていました」

それでもその時は、検査結果さえ出れば未承認薬を与えられるかもしれないと思っていました。

さおりさんの葛藤

未承認薬はあまりにも高額だったため、保護団体の方にクラウドファンディングを提案されました。

クラウドファンディングに載せる原稿を書いてと言われましたが、そこまでの気力がなかなか出ません。

「こんなことをしてお金が集まるとは到底思えなかったんです」

クラウドファンディングを立ち上げる場合、支援者へのお礼としてリターン品を用意する必要があります。

「リターン品なんて、私には用意できないと思いました。ポストカードなどを用意している方もいましたが、それでお金が集まるのかと疑心暗鬼になりました」

クラウドファンディングで支援が集まったとしても、実際に支援が手元に来るのは1ヶ月以上先になります。支援が届く前に薬を購入する必要がありました。

「最初に与える薬の費用はどうするのか。そんなお金、我が家にはありませんでした。どうしたら薬を与えられるのか。薬を与える方法も難しい。さらに浅葱は猫エイズ(猫免疫不全ウイルス感染症)だったため、未承認薬を使っていいものなのか、猫エイズの子に効くのかどうかも不安でした。言い訳を考え出したらきりがないのですが、結局のところ、私たち家族にそこまでの力がなかったんです」

何も考えられず、文章を書くこともままならず、次第に弱っていく浅葱くんを見ながら過ごすことは恐怖だったと言います。

弱っていく浅葱くんと、他の猫たちの反応


■(手前)浅葱くん(奥)茜ちゃん

24時間つきっきりで浅葱くんを看るために、病院に行った日からリビングを片付け、さおりさんの布団を敷きました。

「最初はきちんと乗ってくれて、猫たちも寄ってきて一緒に寝ていました」

しかし、だんだんとその布団にも乗らなくなってしまいます。

その後は、体温が高い浅葱くんのためにひんやりするベッドを用意し、エアコンをかけ、脇の下に保冷剤を挟みました。

それでも熱は下がりませんでした。

本当にFIPであれば、治る手立てはないのです。

「本人はFIP だということも、なぜこんなにも私に心配そうな顔で見られるのかもわかっていません。ただなんとなく体がきついという感覚だったのだろうと思います。だからなるべく私も普通にしていようと思うのですが、それがなかなかできず、行くところ行くところ付いて回っていました」

浅葱くんのことが大好きな茜ちゃんも浅葱くんについて回り、ペロペロと舐めていました。

FIPの要因となる猫コロナウイルスは、多頭飼いの場合、トイレなどを介して他の猫にうつります。さおりさんは茜ちゃんにうつるのではないかという思いで、茜ちゃんに止めるよう窘めていました。


■ベッドに寝ているのが浅葱くん。心配した他の猫たちが集まっています。

「あーちゃんから引き離すと、茜ちゃんが『どうして?』って鳴くんですよね。そうしたら他の子たちも集まってきてしまって、その子たちもまた浅葱から離していました。近くに居させてあげたくてもそれができない、その葛藤がありました。FIPになる原因の一つは多頭飼いだともいわれているので、私の家に来たことが原因であーちゃんが死んでしまうと思ったら、たまらなくなりました」

嫌な予感のする浅葱くんの行動|2020年5月26日

床ずれができたら痛いだろうとベッドを敷き詰めました。

浅葱くんは5分ごとに体勢を変えたり、立ち上がっては横になったりを激しく繰り返していました。

口呼吸は早くなり、目もうつろ、熱も下がる気配はありません。

さおりさんは浅葱くんの側に布団を敷いて寝ずに看ることにしました。

その日の浅葱くんは少し様子が違いました。

「夜中になって、絶対に登れるわけがないキャットタワーに登ったんです」

キャットタワーは浅葱くんが大好きな場所でした。

その頂上から周りをゆっくりと、家中を舐めまわすように周囲を眺めていました。

「『なんだろう、すごく嫌だな』と思いました」

30分ほどが過ぎた頃、1段ずつキャットタワーを降り始めましたが、足元がおぼつかず、さおりさんに抱っこされて降りました。

すると今度は和室に向かい、また1~2時間かけてゆっくり部屋を見回したそうです。

その後は、いつもみんながご飯を食べる台所に向かいました。

「倒れそうになりながら歩くんです。『もう歩かないで!』って連れ戻すんですけど、それでも向かうんです」

そして大好きな野菜が入った冷蔵庫の側に行き、長い時間眺めていました。

その次はお風呂場へ向かいました。

お風呂場は、一緒に暮らす黒猫の空ちゃんが、病気の事情があり個別で食事をしていた場所です。

「空の食べ残しを目当てに、食事が終わるまで扉の前でいつも待っていました(笑)扉を開けるとさっと中に入るので、いつも私が『やめて!』と言っていました」

その場所で、またゆっくりゆっくり周りを見回していました。

「それが明け方まで続きました」

容態の悪化、そして……|2020年5月27日

FIP疑いと言われて6日目の、5月27日のことです。

さおりさんは、浅葱くんの命が消えそうなことを察していました。

「朝7時すぎに学校へ行く娘に、『あーちゃんに挨拶してから行って』と言いました。詳しくは説明しませんでした。娘は『あーちゃん、行ってくるよ!』と声をかけていました」

それからすぐに容体が悪くなりました。

「とてももがいて苦しんでいました。ご飯を食べていなかったといっても5日間のことですから、まだ体力は残っているんですよね。元気なままの内臓も多く、心臓が止まりたいのに止まれないのだろうと思いました。『浅葱の魂がしがみついている』そういう感じでした」

30分以上苦しみ、朝9時に浅葱くんの短い猫生は最後を遂げました。

「あんなに苦しんだ猫を看取ったのは初めてでした」

その日のうちに、浅葱くんはFIPだったという診断結果が届きました。

愛猫を亡くした後に思うこと


■亡くなる2日前の浅葱くん

さおりさんは、一時安楽死も考えたと言います。

「苦しむのはわかっていましたから。私は安楽死には反対ですが、助からない命を苦しませる必要はないとも思いました。だからと言ってどうするのか、決断はできませんでした。苦しみから解放してあげられない、薬を飲ませてあげることもできない、なんにもできない、見ていることしかできませんでした。その時間が地獄のようでした」

最後はあまりに苦しんでいる姿を見て『早く心臓が止まってほしいとさえ思った』というさおりさんは、こう語ります。

「もう二度とあんな状態になる猫を見たくないです。FIPの子には二度と出会いたくないですし、もう二度とFIPの子を看取れないというのが率直な想いです」

さおりさんは火葬された浅葱くんの頭の骨を見て、血栓があったのだとわかりました。

FIPで血栓ができることは稀だと言われています。

その血栓が脳にまで飛ぶことはさらに稀なことだそうです。

「どうしてこんなに稀なことが起こるのかと、とてもショックでした。ですが、視覚で捉えることで『これ(血栓)で死んだんだ』と納得したような感覚にもなったんです」

お骨は今もさおりさんの側にあります。

さおりさんは涙ぐみながらこう話します。

「本当は見えるところに置いておきたくはないんですが、側から離すと浅葱の存在がなくなる気がして、自分の中でそれが許せないんです。FIPは知っていたけど、どこか遠いことのように思っていました。それが自分に降ってきて、こんなにも恐ろしい病気なのだとわかった時には、私にできることは何もありませんでした。もっと手に入りやすい予防接種や治療薬ができればいいなと思います」

愛猫には与えられなかった未承認薬

「保護活動をしている知り合いのオーナーさんが飼ってらっしゃる猫さんがFIP疑いだと聞く機会がありました。その方から、長崎の獣医師さんが未承認薬を使いだしたと聞いたんです」

さおりさんは、そのことをかかりつけの獣医師に話しました。

「先生は自ら長崎の獣医師さんに連絡を取って、自分の病院に来たFIPの子にその長崎の病院を紹介したみたいです。その子は治ったそうです」

その後、長崎の獣医師の話がきっかけで、福岡にも未承認薬を扱う病院があることがわかりました。

浅葱くんが通っていた病院は、その福岡の病院と連携して治療に当たるようになり、その後に来たFIPの子も良くなったそうです。

「先生から、『さおりさんから未承認薬の話を聞けていなかったら、ここまでたどり着けませんでした』と言われました。嫌でしたよ。私の前に誰かが未承認薬のことを先生に話していたら、浅葱も助かっていたかもしれない。そう思うととても悔しいです。でも、それでも、浅葱の死が無駄じゃなかったと思えました」

その悔しさは、時間が経っても癒えるものではないかもしれません。

その後、さおりさんの自宅近くにある動物病院では、浅葱くんのかかりつけ医の話を聞いて自身の病院で未承認薬を買えるようにしたと言います。

「浅葱が使えなかった薬を、今は自宅から歩いて10分ほどの病院の先生が購入してくれています。かかりつけ医の友人で、我が家からすぐそばです。遠くて遠くて、苦しいほど遠かった薬が、歩いて買いに行けるのです。悲しくて、悔しくて、でも嬉しい気持ちもあり、複雑な想いです」

まとめ

浅葱くんが亡くなった後も、さおりさんはシャムの猫と深い関わりを持っています。

保護団体さんから譲り受けた伝染性貧血の紡くん、地域猫のTNR中に保護した白血病の糸ちゃん、そして保護活動をされている方より譲り受けた永遠くんと、それぞれに深い愛情を持って接してきました。


■保護したシャム猫の「永遠くん」

「私、生まれ変わりを信じているんです。浅葱を火葬するときに、『次に生まれ変わるときは毛皮は脱がないで。シャムを見つけたらすぐ保護するからね』と約束したんです。その約束を果たせているのかなと思います。今頃、『見て見て!僕の生まれ変わりがいるよ』なんて言ってるんじゃないかな(笑)」

永遠くんは、浅葱くんがかつて遊んでいたおもちゃをどこからともなく持ってきては同じように遊んでいるそうです。

浅葱くんの命が次の子へと繋がっている、さおりさんはそう感じています。

浅葱くんを生んだ黒猫は、元々飼い猫だったそうです。

「飼い主が捨てなければ、避妊手術をしていれば、浅葱が不幸な命として生まれることがなかったかもしれない」

さおりさんは保護活動の重要性をさらに強く感じ、これから先も浅葱くんと浅葱くんの保護主さんとの約束を果たしていく覚悟を決めています。

不幸な猫が減ること、そして一日も早く一般的に使えるFIPの治療薬ができることを切に願います。

浅葱くんの飼い主さんのInstagram