猫が猫好きを呼ぶのか、猫好きが猫を呼ぶのか。~ボンネットに入ってしまった子猫の救出騒動~

その日、私はスーパーから帰宅する途中でした。近道として家の前のコインパーキングを突っ切ろうとした時、どこからか子猫の声が聞こえてきました。

近所では野良猫をあまり見かけないので、一目かわいこちゃんを見たくてしばらく探してみましたが、どこにも姿が見えません。しかし、まるでサイレンのように結構な音量で鳴いています。どうやら鳴き声は、ある一台の駐車している車付近から聞こえていることに気付きました。

車の下を見ても、車の中を覗いても猫の姿はありません。でも、確かにその車からけたたましい鳴き声は聞こえるのです。

もしかして…ネットニュースで見たボンネットに入っちゃうやつ?

私はとても不安になりました。子猫が車の部品の間から内部であるエンジンルームに入り込んでしまい、ドライバーさんが気付かずに車を発進させてしまうと大変なことになってしまう、という記事を読んだばかりだったからです。

#ボンネットバンバンってタグも見たことある!でも…

ボンネットバンバンとは、

万が一子猫が中にいるかもしれないので、ボンネットをバンバン叩いて大きな音を出し外に逃げてもらおう

という猫を守る運動を表した言葉です。

しかし、その車は私のものではなく、誰のものかわからないコインパーキングの車です。勝手にボンネットをバンバン叩いたり、ボンネットを開けてみることはできません
ましてや、よそ様の車の周りでウロウロしている私は完全に不審者です。

せめて…と思い、『子猫の声がこの車のボンネットから聞こえます。もしかしたら猫が中にいるかもしれないので、ボンネットを開けて確かめてください』とメモを車に挟ませてもらい、一度は帰宅しました。

でも、家に帰っても気になって気になって、家事も手につきません。さっき決めたはずの夕飯のメニューも、もうどうでもよくなっていました。

私は意を決して、猫のカリカリと軍手を手にもう一度コインパーキングへと戻りました。

先ほどの車にたどり着くと、子猫の声はしませんでした。私は車のボンネットに向かって呼びかけ続けました。不審者確定です。しばらく呼びかけ続けると、さっきよりもか細くなった声がボンネットから聞こえました。

耳をボンネットに近づけてみると、タイヤの付近から声が近く聞こえました。スマホのライトをつけて覗いてみると、タイヤと本体の小さい隙間から子猫の姿が見えました

おまわりさんにすがる

私は勇気を振り絞って、地域の管轄の交番に電話してみました。どちらにせよ、このままでは私はただの不審者で終わります。おまわりさんなら車のナンバーから、車の持ち主さんに連絡してくれるのではないかと思ったからです。

『たかが猫ごときで電話しちゃ迷惑だよね…怒られるかな…でも……』

怒られても良い。断られたら違う方法を考えよう。私はダイヤルしました。

『はい、〇×交番です、どうされましたか?』

『あのっあのっ…こんなことで電話してほんとごめんなさい、
 実は子猫がボンネットに…誰のかわからない人の車で…かくかくしかじか』

『…そうですか、ボンネットに猫。でも他人の車だから触れないと…。
 僕も猫飼っているんで、状況お察ししました。
 とりあえず今そちらに向かいますので、待っていてください。』

なんと!来てくれるとな!?

私は安心して既に半泣きでした。同時に、警察にお世話になるまで大事にしてしまったことに自責の念でいっぱいでした。

不審者、見つかる。

電話を切った後、ふと見上げると2人の男性がいました。一人は近くの床屋さんのマスターであることは知っていましたが、話したことはありませんでした。もう一人は全く知らない方で、何やらお仕事の書類やノートを片手に持っていたので、お仕事中だったのかもしれません。

やば…怒られる…

私がパニックになっていたら、床屋のマスターが口を開きました。
『ネコ、こん中にいるの?朝からすごい声で鳴いてて、でも探してもいないから心配でね。そしたらあんたが見つけたっぽいからさ。来てみた。』

そしてもう一人の人も口を開きました。
『おれも、手伝いましょうか?』

さらにもう一人、猫がいる車の隣に停めた車の方が来て、事情を説明すると
『軍手、もう一個ありますか…?(ジャケット脱ぎ腕をまくりながら)』

なんということでしょう。
たかが猫、そして不審な私のために、さっきまで他人だった人たちが何の得もないのに協力してくれるのです。世の中捨てたもんじゃありません。優しい世界。私半べそ。

救出スタート

床屋のマスターはお店がありますので、頑張ってねとエールをくれていったん帰宅。私を含め3人で救出を始めました。

電話から約20分後、おまわりさんも合流して4人になりました。大の大人が4人、地べたに這いつくばい転がりながら猫なで声を出しているのです。だいぶ大事になってしまいました。

おまわりさんは30分くらい協力してくれましたが、さすがに猫のためにずっといるわけにもいかないので途中で署に戻られました。無線で車の持ち主さんに連絡をつけてもらうよう署の警察官に伝えていましたが、ナンバーからは家の電話番号しかわからず、そして留守電のようでした。

すっかり日も暮れて、暗くなってしまいました。協力してくれている2人の方も、仕事帰りで疲れているだろうに、スマホのライト片手に救出作業を止めずにいます。子猫はまた、サイレンのように鳴き始めていましたが、水も飲んでいないためか声が割れていました。

『声が遠のいた!そっちサイド行ったっぽいです!』
『見えた!見えたよ!ここから手を入れて引っ張り出そう!』

男性2人は車の両サイドに分かれ、タイヤと車体の間の隙間から猫を引っ張り出す方法を試し始めました。私はというと結構序盤から役立たずで、汗をかきながら寝そべって片手を隙間に突っ込んでいるお二人の手元を、ライトで照らしながらオロオロすることしかできないポンコツでした。

私が猫の声を聞いてから5時間が経過し、ついにその時はやってきました。
『つかんだ!つかんだかも!!!』

サラリーマンさんが腕を引き抜くと、その手はマックロクロスケのような綿毛を確かにつかんでいました。小さな小さな黒猫と初めてのご対面に、私たち3人はまるで出産に立ち会ったかのように歓声をあげました。

私の腕にそっと乗せられた小さな綿毛。
頼りない軽さ、
鼓動の速さ、
体温の熱さ。
そのすべてに、全員が『よかった…』としか言えませんでした。

子猫ちゃんは猫風邪と思われる症状で、目がグズグズに腫れあがって黒目が見えませんでした。もう目はダメかもしれないな、と思ったものの、外に出るまで頑張って生きててくれてありがとう、と思っていました。

今思えば、協力してくださったお二人の名前くらい聞いておけばよかった。インスタで繋がっておけばよかった。ひとしきり感動を分かち合った後、お二人は名乗ることもなくそれぞれの場所に帰ってしまいました。『また、ご縁がありましたら』と。

物品:ねこ

さて、これで終わりではありません。
私にはまだ「おまわりさんに報告する」というミッションが残っています。

『猫を保護できた時は、交番に猫を連れて来てください。警察としては、飼い主がいるのかいないのかなど、保健所にも確認するという手続きがあるので。』

この場合、猫も落とし物という扱いになりました。財布や鍵などの普通の落とし物と違うところは、猫を交番でお世話して保護できないという点です。

動物は交番で保管できない

生き物である犬や猫をずっと交番で保護することはできないため、保護した人に「飼い主がいるかどうか調べる2週間、代わりに預かってください」の依頼をするという手続きがありました。

保護してからとりあえず動物病院へ行き、目のお薬や抗生物質などを処方してもらい、大量のノミを取ってから交番に行きました。おまわりさんはデジカメで子猫の写真を2ショットほど撮り、パソコンで書類を作成しました。

物品:ねこ(・∀・)!!!!!

どうやら2週間飼い主が現れなければ、正式にうちの子になるそうです。
その時に、おまわりさんがおっしゃっていた言葉が心に残りました。

『保護してくれた方が、この猫の飼い主がいなかった時に飼ってくれると言ってくれて良かった。
もし飼えないのなら、警察としてはもう保健所に持っていくしかないんです。
それはつまり、処分ということです。
保護せず見逃していた方が幸せなこともあるのが複雑でつらいです。』

警察が悪いんじゃない。保健所が悪いわけでもない。
これは仕方のないこと。

ただ、

ペットとしての動物も、野生に生きる動物も、
動物が好きな人間も、嫌いな人間も、
もっと上手くやっていけるはず。
幸せに共存していく道はきっとあるはず。

そんなことをぐるぐる考えながら、子猫をつれて家に帰りました。
後日、郵送で『警察の代わりに猫を預かってください』の書類が届き、捺印して返信しました。現在まだ連絡がこないため、今も私は「代理でお預かり中」の立場です。

どうしてボンネットに入ってしまうのか?

猫は基本的に暗いところ、狭いところ、あったかいところが大好きです。この3拍子、ボンネット(エンジンルーム)が叶えちゃうんですよね(;´Д`)

特に夏が終わって肌寒くなってくると、ボンネットに入り込んで暖を取る子が増えてくるそうです。エンジンルームは狭い部品の間を通っていくので、中に入っちゃう子はほぼ子猫ちゃんです。

人間の目につかない場所ですし、雨風もしのげます。私がレスキューした子のようにケガや病気で弱っている子は、特に身をひそめるために入り込んでしまうのかもしれません。

もし知らずに発進してしまうと…

子猫に気付かず車を発進してしまうと、エンジンの熱で焼け死んでしまったり、エンジンベルトやタイヤに巻き込まれて死んでしまうことも。車の中からの強烈な異臭ではじめて気付くドライバーさんもいます。

いきなり車が動き始めて子猫はびっくりしてパニックになってしまい、中から逃げられなくなってしまうことも悲しい事故の原因です。

悲しい結末になってしまったあとの清掃や修理にも結構費用がかかってしまうそうです。気持ち的にも落ち込みますしね…。ですので、そうなる前に対策を行いましょう。

発進する前に、確認してほしい

私は子猫のけたたましい鳴き声で気付きましたが、もし猫がスヤスヤ寝てしまっていたらドライバーさんはまず気付かないと思います。協力してくれたサラリーマンの方も「こんなところに入れるなんて知らなかった」とおっしゃっていたように、まさかボンネットの中に猫がいるなんて思いませんものね。

・ボンネットを開けて直接確認する
子猫の姿がなくても、毛や足跡、食べ物の残骸などがあった場合は、ボンネットで生活している可能性があります。

・クラクションを鳴らす、ボンネットバンバン
NISSANも「猫バンバンプロジェクト」という、猫の命を守るためのプロジェクトを推進しています。車を発進する前にクラクションを鳴らしたりボンネットをバンバン叩いたりして大きな音を出すことで、中の子猫を外に逃がすというものです。

・タイヤの上や車の下も確認
ボンネットに入れてしまうのは子猫がほとんどですが、大人の猫でも車の下やタイヤの上でお昼寝している子は多くいます。ぜひ車の周囲も確認してみてください。

もし見つけたら

私は人様の車でしたので無理でしたが、ご自身の車の内部に子猫がいることが分かったときにはエンジンルームの構造に詳しいプロに任せるのが一番確実です。ただ、依頼するので費用はそれなりにかかってしまいますが、私みたいに5時間もかかってしまうこともあるのでプロに任せるのがスムーズだと思います。JAFや車の整備士さんに一度電話をし、費用なども含め確認してみてください。

小さな命に教えてもらったこと

思いもよらず子猫を救出するというドラマに遭遇してしまった私ですが、子猫を助けられたという喜びももちろんですが、人間も捨てたもんじゃないってことを子猫に教えてもらった気がします。

人が倒れていたわけでもなく、助けたのは一匹の子猫です。それなのに、協力してくれたのはみんな見ず知らずの人たちで、おまわりさんだって本当は断っても良かったはずなのに、時間が許す限り手伝ってくれました。

暗いニュースが飛び交う世の中ですが、本当は優しい世界なのだということ、優しい世界にできる心をみんながちゃんと持っているということ、私は1匹の子猫に教えてもらったような気がします。

ポンコツの私だけでは救えなかった、みんなが助けてくれた小さな命を、私が代表してずっと守っていこうと誓った夜でした。